大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成8年(行ウ)10号 判決

一〇号事件原告

益子良一 (ほか九名)

一一号事件原告

斉藤嘉忠 (ほか六名)

一二号事件原告

増本一彦 (ほか三名)

一三号事件原告

植草清子 (ほか一四名)

一四号事件原告

芦沢信 (ほか一〇名)

一五号事件原告

片山芳男 (ほか四名)

右五一名訴訟代理人弁護士

木村和夫

佐伯剛

篠原義仁

岡村共栄

岡村三穂

稲生義隆

中込泰子

山田泰

森田明

大川隆司

右大川訴訟復代理人弁護士

町川智康

小川直人

渡辺登代美

飯田伸一

被告

株式会社日立製作所

右代表者代表取締役

金井務

被告

株式会社東芝

右代表者代表取締役

佐藤文夫

被告

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

北岡隆

被告

富士電機株式会社

右代表者代表取締役

沢邦彦

被告

株式会社明電舎

右代表者代表取締役

小島啓示

被告

株式会社安川電機

右代表者代表取締役

橋本伸一

被告

日新電機株式会社

右代表者代表取締役

安井貞三

被告

神鋼電機株式会社

右代表者代表取締役

西崎允

被告

株式会社高岳製作所

右代表者代表取締役

松永一市

被告

日本下水道事業団

右代表者理事長

内藤勲

右訴訟代理人弁護士

川上英一

右訴訟復代理人弁護士

中久保満昭

飯島康博

右指定代理人

飯野和男

安達伴憲

松村嘉人

森岡泰裕

小松章剛

葛西隆

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

一  当事者

弁論の全趣旨によれば、請求原因1(一)ないし(六)の事実が認められ、同(七)、(八)の事実は各当事者間に争いがない(ただし、被告三菱電機との間では弁論の全趣旨)。

二  被告らの本案前の主張について

そこで、まず、被告らの本案前の主張について判断する。

1  監査請求期間徒過の有無について

(一)  怠る事実に係る監査請求と法二四二条二項の期間制限

(1) 真正怠る事実と期間制限の不存在

法二四二条二項は、「前項の規定による請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」と規定して、住民監査請求は、原則として、問題とされる財務会計上の行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときはすることができないとしている。これは、監査請求の対象となる行為をいつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地から好ましくないことから、これを一定の期間制限に服させることとして、なるべく早期に確定させることとしたものである。そして、同条一項が、監査請求は「当該行為」と「怠る事実」とについてすることができると規定しながら、同条二項が、期間制限につき右のとおり当該行為に係る監査請求についてのみ規定し、怠る事実に係る監査請求については規定していないことに照らすと、怠る事実に係る監査請求については、同条二項の期間制限が予定されていないと解するのが相当である(最高裁第三小法廷昭和五三年六月一日判決・裁判集民事一二四号一四五頁)。

元来、特定の財務会計行為という監査の対象行為がある場合には、監査期間に制限を設けることが相当である一方、公金の賦課徴収又は財産管理を怠っているという真正怠る事実の場合には、監査対象とすべき特定の財務会計行為がなく、公金の賦課徴収又は財産管理を怠っているという状態を対象としこれを怠る事実ととらえて監査請求をするしかなく、また監査請求期間の起算点を観念できないので、監査請求期間の制限を設けることが相当でなく、さらにそのようにしても、公金の賦課徴収権又は財産の管理権自体にその行使についての期間の制限があるので、いつまでも法的安定性を害することにはならない。そこで、真正怠る事実の場合には、前記のとおり監査請求に期間制限がされていないと解される。

(2) 不真正怠る事実と期間制限

ところで、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法二四二条一項の住民監査請求があった場合においても、右監査請求が、当該地方公共団体の長と他の財務会計職員(以下、合わせて「財務会計職員」という。)の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因である当該行為のあった日又は終わった日を基準として、同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。なぜならば、法二四二条二項の規定により、当該行為に係る監査請求については当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過してされたときは不適法とされ、当該行為の違法の是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実とすることにより、同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法の是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されることになるからである(最高裁第二小法廷昭和六二年二月二〇日判決・民集四一巻一号一二二頁)。

したがって、同じように怠る事実に係る監査請求がされた場合であっても、財務会計職員の財務会計行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実(不真正怠る事実)としているものであるときは、その監査請求は、期間制限に服し、そうでないとき(真正怠る事実に係る場合)は期間制限に服さないと解するべきである。

このように怠る事実に係る監査請求については、それが不真正怠る事実に係る請求か、真正怠る事実に係る請求かを判断し、それにより期間制限に服するかどうかを決定すべきである。

(3) 真正・不真正の区分について特別の考慮を要する場合

以上が原則であるが、財務会計上の行為の違法、無効に基づく実体法上の請求権が右行為の時点では発生しておらず、又はこれを行使することができないという場合もある。このような場合、まずこれを不真正怠る事実に係る監査請求としてとらえることが必要であり、さらにその上で、期間制限の起算点を、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日とするのが相当である(最高裁第三小法廷平成九年一月二八日判決・民集五一巻一号二八七頁参照)。

右のような場合は、およそ監査請求の対象とすべきものがない真正怠る事実の場合とは相当にかけ離れているので、これを真正怠る事実に係る監査請求として期間制限を受けないというのは相当でないし、また、不真正怠る事実に係る監査請求とする場合でも、当該行為の時から期間制限を受けるとするのは不合理である。したがって、例えば、違法な財務会計行為は存在したが、未だ地方公共団体に損害が生じておらず、その関係で、実体法上の損害賠償請求権を行使し得ない場合などは、これを行使することができることになった日を起算点として法二四二条二項の規定を適用すべきである。のみならず、財務会計行為の時点では、財務会計職員に違法な事実についての故意過失がなく、当該行為を主観的に違法というわけにはいかないが、事後的に不必要に過大な費用の支出を伴う財務会計行為となったという場合にも、およそ監査請求の対象がない場合とはいえないので、不真正怠る事実に係るものとしてとらえ、その監査請求期間の起算点は、結果としての不必要な支出という評価が可能となった時とするのが相当である。すなわち、財務会計行為当時違法でないものについても、結果的に違法となるものは、不真正怠る事実の類型に区分されるべきである。

前記(2)のとおり、不真正怠る事実の類型に分類すべきものとする場合の最も大きな根拠は、監査対象としての財務会計行為をとらえることができるから、当該行為に係る監査請求の場合と同様に監査請求期間の制限を受けるべきであるというものである。例えば、地方公共団体の財務会計職員が第三者に欺罔されて支出負担行為をしたときに、真正怠る事実としていつまでも監査請求ができるとするよりも、原則として当該支出負担行為の時から一定期間に限り監査請求をすることができると解するのが相当である。このような法二四二条の趣旨からすると、対象となる財務会計行為をとらえることができる場合には、よほど特段の事情がない限り、不真正怠る事実に係る事案として監査請求期間の制限を受ける類型に区分するのが相当である。前段及び中段記載のようないくらか特殊な事例においては、第一にこのような基準から真正・不真正の怠る事実を区分し、第二にそのようにして不真正怠る事実の類型に区分されるものについては、監査請求の起算点に特例を設ける等の例外的な措置を講ずるのが相当である。

(二)  本件各監査請求の記載内容と解釈の方法

(1) 本件各監査請求書の記載内容

被告らは、本件各監査請求が、本件各委託協定の締結若しくは変更、所要金額の決定又は本件各支払が違法であることに基づいて発生する損害賠償請求の不行使を問題とするもので、不真正怠る事実に係るものであると主張する。

そこで、本件各監査請求の内容についてみるに、本件各監査請求は、いずれも、「被告九社は、被告事業団から工事の件名及び発注予定金額の提示を受けた上で受注予定者を決定し、入札価格を調整するという談合を行っていた。仮にこのような談合が行われず、受注業者間の公正な競争が確保されていたとすれば、落札価格に従って、契約価格は二〇パーセント以上安くなっていたはずである。すなわち、被告九社及び被告事業団は、談合という共同不法行為を通じて契約金額を不当につり上げることにより、工事委託者として最終的にこの契約代金を負担した本件各自治体に対し上記差額に相当する損害を与えた。したがって、本件各自治体の長は、被告らに対し、右の損害賠償請求権を行使すべきであるのに、その行使を怠っているので、その回復措置を求める。」というものである(〔証拠略〕)。

(2) 監査請求の趣旨解釈の手法

監査請求が怠る事実に係る場合において、それが真正怠る事実に係るものか、不真正怠る事実に係るものかは、監査請求書の記載内容だけでは直ちに判明しないことがある。このような場合には、監査委員が、監査請求書と添付資料(法二四二条一項)との記載内容を基本として、場合によっては、監査請求者の説明を訊いて、その趣旨を解釈することになるが、その際、請求の基礎にある法律関係について、自ら補充することも許される。そして、その監査結果を前提とした法二四二条の二の住民訴訟が提起された後に、監査請求前置の要請(同条一項)を満たしているかどうかについて、当事者は、新たな監査請求をすることや監査請求の実質的な変更になるような主張をすることはできないが、請求の基礎にある法律関係を含めて解釈により当初の監査請求の趣旨を補充するための主張をすることはできると解するのが相当である。

(三)  本件各監査請求の基礎となる法律関係

(1) 証拠(〔証拠略〕)によれば、本件各監査請求の性質を検討するための事情として、以下のような事実が認められる。

イ 日本下水道事業団業務方法書(甲二〇。以下「方法書」という。)は、被告事業団の行う各種業務についての基本的事項を規定している。その三条から六条までは下水道施設の建設に関する規定であり、その五条は、「事業団は、下水道施設の建設を受託しようとするときは、地方公共団体と委託協定を締結するものとする。」と定め(一項)、その二項において、委託協定の必要的記載事項を定めている。

ロ イの委託協定の必要的記載事項の中には、「費用の額およびその受領方法」(方法書五条二項四号)が含まれるが、ここにいう「費用」の意義については、六条二項がこれを規定している。それによれば、委託契約に基づき地方公共団体が負担すべき費用は、次の三つの項目から構成される。

〈1〉 工事の施行に直接必要な工事請負費、原材料費その他の工事費

〈2〉 工事の監督、検査その他工事の施行のため必要とする人件費、旅費及び庁費

〈3〉 建設業務の処理上必要とする一般管理費

このうち、〈1〉の工事費が請負工事会社に対し支払われるものであり、〈2〉〈3〉の費用(管理費)は、いずれも被告事業団の実質的収入となる。

ハ 地方公共団体と被告事業団との間の委託協定は、被告事業団と請負工事会社との間の工事請負契約に先行して締結される。方法書五条の委託協定には、基本協定と年度実施協定の二つがある。

基本協定は、数年次にわたる建設工事の全体について委託する趣旨を明らかにするものであり、委託の範囲、完成予定年度、予定概算事業費等の基本的事項について定める。

年度実施協定は、基本協定に基づいて各年度の予算の範囲内において、当該年度に発注する工事の内容、費用の額、支払方法等の実施の細目について定める。

ニ ハ末尾のように、年度実施協定においては、費用の支払方法が定められているが、それによれば、費用は、地方公共団体と被告事業団との協議により資金計画を定め、この資金計画に基づき、被告事業団の請求により、所要金額を被告事業団に前金払(債務金額は確定していて、履行期前に支払うもの。概算払とは異なる。)することとされている(甲二三の実施協定書四条)。

被告事業団と請負工事会社との契約金額は原則として入札により決定されるので、入札が行われるまでは右金額は確定しないが、年度実施協定においては、この入札による契約金額を見込んで、地方公共団体が被告事業団に対して、工事の施行に要する費用を所要の金額として支払うこととされている。そして、当然のことながら、被告事業団は、ロ〈1〉のとおり、工事の施行に直接必要な工事費を地方公共団体に負担させることができるものとされているにとどまり、自己の才覚で低廉に請負工事会社に受注させることにより地方公共団体に支払う額との差額を収益とすることは許されていない。

ホ 工事請負契約は、年度実施協定が地方公共団体と被告事業団との間で締結された後に、被告事業団と請負工事会社との間で締結される。

ヘ この年度実施協定における建設工事に要する費用は、賃金又は物価の変動等により当初定めた金額では建設工事を完成することが困難であると認めるときは、地方公共団体と被告事業団とは協議して右の金額を変更することができる(このようにして変更する旨を定めた協定を、以下「変更実施協定」という。前掲実施協定書三条二項)。

また、地方公共団体は、工事が完成したときは、費用の精算を行うものとされ、精算の結果生じた納入額と精算額との差額は地方公共団体に還付するものとされている(前掲実施協定書七条)。

(2) 当事者と工事代金に関する基本的な特色

(1)のイないしヘの事実によれば、本件各自治体は、下水道事業の根幹的施設の建設に関し、被告事業団との間で基本協定を締結し、さらにそれに基づいて、各年度ごとに、被告事業団が請負工事会社に支払う工事費に管理費を加えた金額を費用として被告事業団に支払う旨を明らかにした年度実施協定を締結し、被告事業団から完成した工事引渡しを受けるという形で下水道事業の整備を行っていたものである。

そうすると、本件怠る事実に係る事案における法律関係は、まず、本件各自治体と被告事業団との間の協定(基本協定及び年度実施協定)並びに被告事業団と請負工事会社との間の請負契約という当事者を別にする二個の契約を前提としている。そして、工事費用は、本件各自治体において被告事業団が要する分を負担することとされているのであり、本件各自治体の被告事業団に対する年度実施協定上の工事費用と被告事業団が請負工事会社に対して支払う請負契約上の金額(請負工事会社から見て、この請負契約を「受注契約」と、その金額を「受注金額」又は「受注価格」ということがある。)は、同一金額とされている。そして、年度実施協定における工事費用の額は確定債務であることを前提とした前金払であるので、年度実施協定が成立すれば、その工事費用は右年度実施協定の成立時に確定すると解するのが相当である。なお、(三)(1)への精算は、事後的な事情変更に伴う工事完成後の精算であるので、別問題である。

ところで、受注契約が入札制度によるため、受注金額は受注契約成立まで被告事業団において確定できないものであり、その結果として、受注金額が年度実施協定上の工事費用額と異なることも現実にはあり得る。この場合には、本件各自治体と被告事業団とは、前掲実施協定書九条に基づき変更実施協定を締結して、対応することになり、本件各自治体の支払うべき工事費用は、変更実施協定が締結された時に成立することになると思われる。

そして、受注金額が請負工事会社らの談合により不適正な金額となり、その不適正な金額がたまたま年度実施協定又は変更実施協定の工事費用額と一致するという時でも、年度実施協定又は変更実施協定により工事費用額は確定しているところ、その確定金額が不当なものであるので、その是正が別途考慮されるべきであるということになる。その意味では、年度実施協定又は変更実施協定における確定金額としての工事費用も、それが不正な受注契約に起因する不適正なものであるときには、それを是正する方向で当該不正な受注金額と実体的な連動関係にあると解するべきである。

(四)  本件各監査請求の不真正怠る事実の該当性

(1) 本件各監査請求の内容

本件各監査請求は、(二)(1)の内容であるが、(三)の法律関係を踏まえると、請負工事会社の談合行為に基づく受注価格のつり上げがあるとし、これにより年度実施協定又は変更実施協定所定の費用のうちの工事代金額も不適正に高額なものとなることが事後的に確定し、これを支払わなければならない本件各自治体が損害を被ったので、その是正を求めるというものである。

(2) 違法な財務会計行為の存否

(1)のとおり、本件各自治体の支出負担行為としては、被告事業団との間でされる協定(後記(4)のとおり、具体的な債権債務が確定されるという意味で年度実施協定又は変更実施協定をいう。)がこれに該当することになる。そこで、次にこの支出負担行為が違法であるかどうかを検討する。

本件各自治体において、請負工事会社間で談合が行われるとのことを事前に知った上で、それを前提として年度実施協定又は変更実施協定が行われたものかどうかというと、本件各監査請求はそこまで主張するものではないし、本訴における原告の主張もそこまで明確にいうものではない。要するに、この財務会計職員の本件談合なるものについての知不知の点は、監査請求者としては分からなかったと解される。また、事柄の性質からしても、そこまでの事実があるということは特別のことであり、そのような事情があったことをうかがわせる的確な証拠もない(なお、〔証拠略〕によれば、本件の電気設備工事については本件各自治体は国から補助金の交付を受けるので、そのために工事費用の概算要求書を作成する観点から建設省と連絡を取るという事情があったことが認められるが、そうであるからといって、本件各自治体が談合のされることを知っていながら、被告事業団と協定を締結していたということはできない。)。したがって、年度実施協定又は変更実施協定という財務会計行為があるものの、それは、談合があるということを知った上でされたものとはいえず、財務会計職員に年度実施協定又は変更実施協定締結時に故意過失があったとはいえないものと解される。その意味で、支出負担行為の行為者に主観面の違法は認められない。

しかし、年度実施協定又は変更実施協定に引き続いて、被告事業団と請負工事会社との請負契約が締結され、ここで談合に基づき受注価格がつり上げられたというのであるから、受注価格と同じ金額を支払義務とする年度実施協定又は変更実施協定は、結果的に過大な支払を約束させられたという意味で事後的に瑕疵のあるものとなったわけである。そして、この点は、地方公共団体が被告事業団との間に締結した支出負担行為(年度実施協定又は変更実施協定)には、地方公共団体の事務処理は最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならないと定めた法二条一三項に、また、地方公共団体の経費はその目的を達成するために必要かつ最少の限度を超えてこれを支出してはならないと定めた地方財政法四条一項にそれぞれ結果的に違反するものとなり、財務会計行為の違法を結果的に招来するというべきである。行為者の主観面の違法はなくても客観的に結果が違法であれば、支出負担行為としては違法となると解するのが相当であるからである。

(3) 不真正怠る事実の該当性

以上のように、本件各自治体の財務会計職員には財務会計行為(年度実施協定又は変更実施協定)時においては、故意過失がない。しかし、本件各自治体は、受注金額の決定について請負工事会社と被告事業団との談合による価格のつり上げがあったとすると、委託費用中の工事費用につき、結果的(主観的な違法がないのに客観的な違法があるという意味である。)かつ事後的(行為当時違法がないのに行為後の事情で行為が違法となるという意味である。)に過大な支払をさせられることとなる。本件各監査請求は、右のようにして本件各自治体が不適正に過大な費用を支払わされたので、その是正を求めるという趣旨のものであり、問題とされた財務会計行為は、右のような不正な受注金額と実体的に連動する関係にある年度実施協定又は変更実施協定であるというべきである。

このような場合でも、(一)(3)のとおり、監査の対象としての財務会計行為がある以上、これを真正怠る事実ではなく不真正怠る事実に係るものとして、監査請求をすることができるとみるのが相当である。すなわち、原告らの本件各監査請求は、本件名自治体に生じた損害(適正価格との差額)の回復措置を求めたものであり、財務会計行為が結果的かつ事後的に違法であることにより発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであって、不真正怠る事実に係る監査請求であり、法二四二条二項の期間制限の適用を受けるというべきである。そして、監査請求期間の起算点については、後記(五)のとおりの特殊性があるとされるべきである。

4) 支出負担行為と支出

なお、支出負担行為に違法があっても、無効でない限りは、その支出負担行為に基づく支出は違法ということはできないところ(最高裁昭和六二年五月一九日第三小法廷判決・民集四一巻四号六八七頁)、原告らは、支出負担行為の無効を主張するものではないから、本件において、支出自体の違法を問題とする必要はない。

また、本件で支出負担行為と考えられるのは、基本協定と年度実施協定又は変更実施協定であるが、基本協定は、事業費等の概算を定めるにすぎないものであり、費用の額(委託料)、支払方法等は、年度実施協定若しくはその変更実施協定において具体的に定められるものであるから、基本協定を支出負担行為と考えるのは困難であり、年度実施協定ないし変更実施協定をもって、支出負担行為と考えるのが相当である。

(5) 原告らの主張に対する判断

イ 原告らは、本件に、右のような財務会計行為(年度実施協定又は変更実施協定)があることは認めるものの、不真正怠る事実に係る監査請求は、財務会計行為に違法がある場合であり、本件のように、財務会計職員に職務違反の違法がない場合は、不真正怠る事実に係るものではなく、真正怠る事実に係るものであると主張する。

しかし、財務会計行為の違法は、客観的に判断して決すべきものであり、財務会計職員に職務違反がある場合に限られるものではない。本件の場合、前記のとおり結果的かつ事後的ながら、請負契約(年度実施協定又は変更実施協定)の締結が客観的に適正な価格を超えた価格でされたというのであるから、その契約には、財務会計職員の認識如何にかかわらず、法二条一三項、地方財政法四条一項の財務会計法規に違反した違法、すなわち、財務会計上の違法があるということができるといわなければならない。したがって、この点の原告らの主張は採用することができない。

ロ また、原告らは、「監査請求が不真正怠る事実に係るものであるというためには、財務会計行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実についての監査請求と、当該財務会計行為についての監査請求とが表裏の関係に立たなければならない。本件の場合、財務会討行為の違法に基づく損害賠償請求と不法行為に基づく損害賠償請求とは異なるものであり、表裏の関係に立たないから、本件各監査請求は、不真正怠る事実に係るものとはいえず、真正怠る事実に係るものである。」と主張する。

しかし、前示のとおり、本件各監査請求は、本件各自治体のした年度実施協定又は変更実施協定の締結(支出負担行為)後にされた被告らの共同不法行為により、協定上の価格が不適正に過大なものと確定させられて事後的に違法が招来したところ、本件各自治体がその不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しないことを怠る事実と構成し、その回復措置を求めているのであるから、財務会計行為の違法と不法行為に基づく損害賠償請求とが少なくとも密接な関係にあり、不真正怠る事実に係るものというべきである。したがって、この点の原告らの主張も採用することができない。

(6) 以上のとおり、本件各監査請求は、不真正怠る事実に係るものであるから、法二四二条二項の期間制限を受けるものというべきである。

(五)  監査請求期間の起算点

次に、本件について、監査請求期間の起算点をどのように考えるべきかを検討する。

(1) 前示のとおり、本件の支出負担行為としての財務会計行為は、年度実施協定(これが変更された場合は変更実施協定)の締結と考えるのが相当である。

しかし、これらの協定成立の時点では本件各自治体には結果としての被害は未だ発生していないから、原告らは監査請求をすることができない。それが可能となるのは、被告事業団と請負工事会社との共同の不法行為(請負工事会社の談合と被告事業団の加功)がされた時ということになる。したがって、監査請求の対象としての財務会計行為としては年度実施協定又は変更実施協定をとらえるべきであるが、監査請求期間の起算点は、監査請求を行うことのできる時点であり、年度実施協定又は変更実施協定後にされた共同不法行為の完成時(談合に基づく受注契約の締結時。ただし、談合に基づく受注契約後に変更実施協定が締結されたときは、変更実施協定時)と解するのが相当である。

(2) ところで、証拠(〔証拠略〕)によれば、本件に関しては、以下のとおり、年度実施協定若しくはその変更実施協定及び被告事業団と被告会社との工事請負契約が締結されたことが認められる。

(横浜市関係)

平成四年度における横浜市公共下水道根幹的施設の建設工事委託に関する年度実施協定 平成四年五月二〇日締結

被告事業団と被告富士電機との請負契約 平成四年六月三〇日締結

(川崎市関係)

平成四年度における川崎市公共下水道根幹的施設の建設工事委託に関する年度実施協定 平成四年七月二三日締結

平成四年度協定の一部を変更する協定 平成四年八月六日締結

同 平成五年三月八日締結

被告事業団と被告東芝との請負契約 平成四年九月二一日、平成五年一月二四日締結

(鎌倉市関係)

平成四年度における鎌倉市公共下水道山崎下水道終末処理場等の建設工事委託に関する年度実施協定 平成四年五月二二日締結

平成四年度協定の一部を変更する協定 平成四年一〇月三〇日締結

同 平成五年二月一日締結

同 平成五年三月一二日締結

同 平成五年七月一九日締結

同 平成五年一二月二七日締結

同 平成六年三月四日締結

被告事業団と被告三菱電機との請負契約 平成四年九月二二日、同年一一月二日、同年一二月二二日締結

(茅ケ崎市関係)

平成五年度における茅ケ崎市公共下水道根幹的施設の建設工事委託に関する年度実施協定 平成五年六月一日締結

平成五年度協定の一部を変更する協定 平成五年七月一二日締結

同 平成六年三月一日締結

同 平成六年三月一六日締結

被告事業団と被告安川電機との請負契約 平成五年七月五日締結

(大和市関係)

〈1〉 平成四年度における大和市公共下水道根幹的施設の建設工事委託に関する年度実施協定 平成四年五月八日締結

平成四年度協定の一部を変更する協定 平成四年一一月二〇日締結

同 平成五年三月一日締結(二回)

同 平成五年一〇月一四日締結

被告事業団と被告日新電機との請負契約(工事その六関係)

平成四年六月二三日、平成五年一月二八日、同年六月三〇日締結

同契約(その七関係) 平成五年一月一九日、同年一一月一九日、平成六年一月二七日締結

〈2〉 平成五年度における大和市公共下水道根幹的施設の建設工事委託に関する年度実施協定 平成五年八月四日締結

平成五年度協定の一部を変更する協定 平成五年一〇月一四日締結

同 平成六年一月一四日締結

同 平成六年三月二四日締結

被告事業団と被告日新電機との請負契約(その八関係) 平成五年一一月一九日締結

同契約(その九関係) 平成六年一月二七日締結

(秦野市関係)

平成五年度における秦野第一号公共下水道秦野市浄水管理センター水処理施設(増設)の建設工事委託に関する年度実施協定 平成五年七月七日締結

平成五年度協定の一部を変更する協定 平成五年一〇月一日締結

同 平成六年三月二五日締結

被告事業団と被告日立製作所との請負契約 平成六年三月二五日締結

(六)  監査請求期間の徒過の有無

一方、原告らが本件各監査請求をしたのは平成七年一一月二七日以降であるから、本件各監査請求は、いずれのものも被告会社らの受注契約締結の日から一年という監査請求期間を徒過してされたものというべきである。

2  監査請求期間徒過についての正当な理由の有無

そこで、本件各監査請求が法二四二条二項ただし書の要件を満たすかどうかについて検討する。

(一)  法二四二条二項が、監査請求について、「当該行為のあった日又は終わった日から一年」として、個々の住民の知不知にかかわらず、一定の期間制限を設けたのは、前示のとおり、監査請求の対象となる行為をいつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地から好ましいことではなく、なるべく早期に確定させるのが望ましいという趣旨に出たものと解される。同条二項は、「ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」として、「正当な理由」がある場合は、監査請求期間を経過しても監査請求をすることができるとしているが、右のような観点からすれば、ここにいう「正当な理由」に当たるかどうかは、〈1〉当該行為が秘密裡にされたかどうか、〈2〉住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、〈3〉住民が当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁)。そして、この〈1〉ないし〈3〉にいう当該行為とは、客観的行為のみを指すのではなく、違法性、不当性を含んだ当該行為と解すべきである。なぜならば、住民としては、当該行為のみを知ったところで、それが直ちに監査請求をすべきものかどうかの判断ができないからである。

(二)  そこで、これを本件についてみるに、本件各委託協定の締結が秘密裡にされたと認めるに足りる証拠はないが、そこで定められた委託料のうちの工事費用は、受注金額をそのまま支払わされるという法的な仕組みであるために、受注金額が談合によりつり上げられたとするその過大な受注金額と同一の過大な支払をさせられることとなる。そして、受注金額が談合によりつり上げられ、委託料のうちの工事費用も適正な価格を超えたものであるということについては、その性質上秘密裡に行われ、住民が相当の注意力をもって調査しても知ることができなかったものというべきである。

しかし、証拠(〔証拠略〕)によれば、平成六年九月二日、被告事業団発注の全国の下水道電気設備工事について談合が行われていたとの新聞報道がされ、その後もこれを報道する新聞記事が繰り返し掲載されるようになったこと、そして、平成七年三月七日には、公正取引委員会が、同月六日、被告会社らを私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律三条(不当な取引制限の禁止)違反の疑いで検事総長に刑事告発する旨の新聞報道がされ、同年六月七日には、公正取引委員会が、同日、被告事業団の元幹部を同違反の疑いで検事総長に追加告発した旨の新聞報道がされたこと、また、同月一六日には、検察官が、同月一五日、被告九社及びその担当者並びに被告事業団の元幹部を同法違反の罪で起訴した旨の新聞報道がされたこと、さらに、同年七月一三日には、公正取引委員会が、同月一二日、被告九社に対し、平成四年度と平成五年度に被告事業団が発注した合計八七件の電気設備工事について被告事業団幹部が教示した発注予定金額を元に受注予定社を談合により決定していたとして課徴金納付命令を発した旨の新聞報道がされたこと、また、同月二八日には、全国市民オンブズマン連絡会議が、右課徴金納付命令が対象とした全工事のリスト八七件を入手した旨の新聞報道がされたこと、本件各工事が被告事業団発注の工事であることは、議会議事録、広報誌、業界紙等で公表されていたこと、のみならず、原告らは、平成七年七月二九日には、既に、談合があったこと、被告らの行為を共同不法行為ととらえられること、右行為と被害との間に因果関係があることを理解していたこと、以上の事実が認められる。

右事実によれば、住民は、相当の注意力をもって調査すれば、遅くとも右の課徴金納付命令に関する報道がされた平成七年七月一三日ころまでには、新聞報道等を通じて、本件各工事に係る支出負担行為(年度実施協定ないし変更実施協定)が被告らの談合に係る金額を基礎とするものであることを知り得たというべきである。ところで、原告らは、平成七年一一月二七日以降本件各監査請求をしているが、これは、原告らが、当該行為の違法性、不当性を知ることができた平成七年七月一三日ころから約四か月を経過してしたものであるから、このような期間を経過してされた本件各監査請求は、いずれも前記の「相当な期間」を徒過しているものといわざるを得ない。

本件は、本件各自治体が協定の直接の相手方ではない被告会社ら及びこれに加功した被告事業団の談合により損害を被ったとする点に特殊性のある事案であり、典型的な不真正怠る事実の事案と相当に異なる上、財務会計行為のあった時点で財務会計職員らに故意過失はないことを踏まえると、いつの時点からどのくらいの期間内に監査請求をすればよいかについても、典型的な不真正怠る事実に係る場合とは別に考える余地もないではない。しかし、前記のとおり、原告らは、平成七年七月には、既に、談合があったこと、被告らの行為を共同不法行為ととらえられること、右行為と被害との間に因果関係があること、以上のように理解していたにもかかわらず、本件が真正怠る事実に係るもので監査請求期間に制限がないとし、訴えを提起するのに準じた丁寧な準備をするために監査請求をする時期が多少遅くなったものとうかがわれる(乙A七の一〇頁)。監査請求の性格からすると、違法不当な財務会計行為があったと知り得たときから相当期間内に監査委員に適宜の措置を講じるように早期に請求をすれば足りるのであり、本件における特殊な諸事情を考慮しても、なお、本件各監査請求に法二四二条二項の正当な理由があるということはできない。

(三)  原告らは、右のような「相当な期間」の起算点について、地方公共団体の立場を基準として、損害賠償請求権の不行使が客観的に不当であると評価される時点、すなわち、不法行為の存在の認識と損害の把握を地方公共団体が客観的に認識し得たのにあえてそれに基づく権利の行使をしないと評価される時点を基準とすべきであり、それは、本件の場合、どんなに早くとも、前記の刑事事件において、被告会社らが談合の事実を認めた平成七年一一月一〇日よりも前であることはないと主張する。

しかし、法二四二条二項の「正当な理由」があるかどうかは、住民を基準に検討すべきものであり、地方公共団体を基準に検討すべきものではないから、原告らの主張は採用することができない。

三  結論

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件訴えはいずれも不適法であるから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 平山馨)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例